公開日 2024.9.18
2024年8月、Huangらにより、双極性障害急性躁病相における薬物治療の有効性と忍容性の最新の比較が報告されました1)。
有効性上位10の薬剤は、以下の薬剤が報告されています(図1)。
- タモキシフェン(ノルバデックス)
- タモキシフェン+Li/VPA(Li:炭酸リチウム/VPA:バルプロ酸ナトリウム)
- クロニジン(カタプレス)+Li/VPA
- アロプリノール(ザイロリック)+Li/VPA
- リバスチグミン(リバスタッチパッチ・イクセロンパッチ)+Li/VPA
- レベチラセタム(イーケプラ)+Li/VPA
- リスペリドン(リスパダール)+Li/VPA
- セレコキシブ(セレコックス)+Li/VPA
- オランザピン(ジプレキサ)+Li/VPA
- メラトニン(メラトベル)+Li/VPA
図1 双極性障害急性躁病相における薬物治療の有効性の比較
忍容性は以下の順で良好な結果でした(図2)。
図2 双極性障害急性躁病相における薬物治療の忍容性の比較
タモキシフェンの抗躁作用
タモキシフェンは、女性ホルモンのエストロゲンが、エストロゲン受容体に結合することを阻害することで、乳がんの増殖を抑制する治療薬です。
タモキシフェンはプロテインキナーゼC(PKC)活性を阻害することで抗躁作用をもたらしていると想定されています2)。
プロテインキナーゼCの活性化は細胞内で躁状態に関与する種々のシグナル伝達を促進することが報告されています3)、(図3)。
図3 プロテインキナーゼC(PKC)活性に伴う双極性障害の細胞内シグナル伝達
クロニジンの抗躁作用
クロニジンは、米国ではADHDの治療薬としても使用され、2024年5月には、米国FDAは、ADHD治療薬として初の液剤となるクロニジン徐放液剤(Onyda XR)を承認しました。
ADHDに対する作用と同様に、ノルアドレナリン作動伝達を低下させることが、抗躁効果に関与していると考えられています4)。
アロプリノールの抗躁作用
細胞のエネルギー産生に関与するATPは、尿酸に代謝されます。
尿酸値の上昇は躁状態や衝動性に関与することが報告されており、アロプリノールは尿酸値の上昇を抑えることにより、抗躁作用を発揮します5)。
また、アデノシンの代謝を調整することも、抗躁作用に関与することから、アデノシンモジュレーターとも呼ばれています6)、(図4)。
図4 アロプリノールの抗躁作用のメカニズム
リバスチグミンの抗躁作用
中枢神経における気分の調整には、ノルアドレナリン作動性-コリン作動性システムが関与していることが以前から報告されています7)。
具体的には、双極性障害では、アセチルコリン伝達が阻害されると躁状態に傾き、アセチルコリン伝達が促進されると、気分安定化されるとされています8)。
Keshavrziらは、バルプロ散ナトリウムで治療中の双極性障害躁病相の患者にプラセボを追加する群とリバスチグミンを追加する群にわけた、二重盲化プラセボ対照試験を行いました9)。
その結果、バルプロ酸ナトリウム+リバスチグミン群では、バルプロ酸ナトリウム+プラセボ群と比較して、8週目から躁状態の改善の有効性に差が認められる結果でした(図5)。
図5 リバスチグミンの双極性障害躁病相の改善効果
レベチラセタムの抗躁作用
双極性障害患者では脳の前頭前皮質という部位のGABAの濃度が上昇していることが報告されています10)。
これらの所見は、双極性障害患者におけるGABA作動性系の機能異常を示しているとされています。
レベチラセタムは脳のシナプス小胞蛋白2A(Synaptic Vesicle Protein 2A:SV2A)に結合し、シナプスからのGABAの放出を調整します。
このレベチラセタムのGABA作動性系の調整、促進が抗躁作用に関与しているとされています11)、(図6)。
図6 レベチラセタムの主たる作用機序
Keshavarziらは、2022年に炭酸リチウムで治療中の双極性障害急性躁病相の患者にプラセボを追加する群とレベチラセタムを追加する群にわけ、二重盲化プラセボ対照試験を行いました12)。
結果は炭酸リチウム+プラセボ群と比較して、炭酸リチウム+レベチラセタム群が有意に躁状態が改善する結果でした(図7)。
図7 レベチラセタムの双極性障害躁病相の改善効果
おわりに
今回の報告は、すぐに臨床応用は難しく、現実的には、炭酸リチウム、バルプロ酸ナトリウムを主剤に抗精神病薬を併用する、ガイドラインに準じた治療が用いられると考えられます。
その上で、副作用、忍容性不良等で従来の治療が難しい場合や、治療抵抗性の場合には今回の結果を速やかに援用することも必要と言えます。
双極性障害患者では尿酸値が高い傾向があることがわかっています13)。
血液検査、尿酸値が高い双極性障害患者では、アレルギー疾患の有する場合は皮疹のリスクがあるためフェブキソスタット(フェブリク)の選択が望ましいですが、そうでなければ、アロプリノールによる治療をすることが望ましいと言えます。
双極性障害躁病相の治療はその後のうつ病相の予防、身体合併症の考慮が必要とされていますが、現在では、長期的な認知機能の保護の重要性が求められています。
その点で向知性薬であるリバスチグミン、同じく向知性薬として開発されていたレベチラセタム等の治療は、認知機能低下予防効果が示されている炭酸リチウム14)と併用することで認知機能への予後に良好な結果をもたらすと考えられます。
近年、これらの治療法は新規補助療法として報告されているものですが、従来の治療に追加されることでより良い治療結果につながることが期待されます。
参考
- 1) Huang W, et al.: Comparative efficacy, safety, and tolerability of pharmacotherapies for acute mania in adults: a systematic review and network meta-analysis of randomized controlled trials. Mol Psychiatry, 2024.
- 2) Bagdadi N, et al.: The Use of Tamoxifen as a Potential Treatment for Bipolar Disorder. Psychiatry Clin Psychopharmacol, 31: 344-352, 2021.
- 3) Saxena A, et al.: Role of Protein Kinase C in Bipolar Disorder: A Review of the Current Literature. Mol Neuropsychiatry, 3: 108-124, 2017.
- 4) Singal P, et al.: Efficacy and Safety of Clonidine in the Treatment of Acute Mania in Bipolar Disorder: A Systematic Review. Brain Sci, 13: 547,2023.
- 5) Gonçalves MCB, et al.: The Purinergic System as a Target for the Development of Treatments for Bipolar Disorder. CNS Drugs, 36: 787-801, 2022.
- 6) Hirota T, Kishi T.: Adenosine hypothesis in schizophrenia and bipolar disorder: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trial of adjuvant purinergic modulators. Schizophr Res, 149: 88-95, 2013.
- 7) Dulawa SC, Janowsky DS.: Cholinergic regulation of mood: from basic and clinical studies to emerging therapeutics. Mol Psychiatry, 24: 694-709. 2019.
- 8) van Enkhuizen J, et al.: The catecholaminergic-cholinergic balance hypothesis of bipolar disorder revisited. Eur J Pharmacol, 753:114-26, 2015.
- 9) Keshavrzi A, et al.: Effect of Rivastigmine (Acetyl Cholinesterase Inhibitor) versus Placebo on Manic Episodes in Patients with Bipolar Disorders: Results from a Double Blind, Randomized, Placebo-Controlled Clinical Trial. Neuropsychobiology, 78: 200-208, 2019.
- 10) Simmonite M, et al.: Medial Frontal Cortex GABA Concentrations in Psychosis Spectrum and Mood Disorders: A Meta-analysis of Proton Magnetic Resonance Spectroscopy Studies. Biol Psychiatry, 93: 125-136, 2023.
- 11) Muralidharan A, Bhagwagar Z.: Potential of levetiracetam in mood disorders: a preliminary review. CNS Drugs, 20: 969-79, 2006.
- 12) Keshavarzi A, et al.: Levetiracetam as an Adjunctive Treatment for Mania: A Double-Blind, Randomized, Placebo-Controlled Trial. Neuropsychobiology, 81: 192-203, 2022.
- 13) Chatterjee SS, et al.: Serum uric acid levels in first episode mania, effect on clinical presentation and treatment response: Data from a case control study. Asian J Psychiatr, 35:15-17, 2018.
- 14) Lu Q, et al.: Lithium Therapy's Potential to Lower Dementia Risk and the Prevalence of Alzheimer's Disease: A Meta-Analysis. Eur Neurol, 87: 93-104, 2024.
うつ病の関連コラム
- 在宅勤務によるうつ
- うつ病の薬物治療 最新(2018年)の抗うつ薬の比較
- うつ病 症状について
- 双極性障害うつ状態の薬物治療
- うつ病 発症メカニズム
- SSRIについて 作用・特徴・比較
- SNRIについて 作用・特徴・比較
- ベンラファキシン(イフェクサーSR)について
- ミルタザピン(リフレックス・レメロン)について
- 治療抵抗性うつ病(TRD)に対する増強療法について
- 治療抵抗性うつ病に対する併用療法について
- 小児・青年のうつ病に対する抗うつ薬の選択
- 女性のうつ、不調と「フェリチン」
- 「亜鉛」とうつと健康
- 三環系抗うつ薬トリプタノールとアナフラニールについて
- 抗うつ薬による躁転について
- 新型コロナウイルス感染・ワクチン接種と抗うつ薬の内服について
- ボルチオキセチン(トリンテリックス)について
- 抗うつ薬と体重増加について
- パロキセチン(パキシル)、パロキセチン徐放錠(パキシルCR)について
- 高齢者のうつ病に対する抗うつ薬の選択
- 脳卒中後うつ病に対する抗うつ薬の有効性の比較
- 三環系抗うつ薬について 作用・特徴・比較
- 四環系抗うつ薬について 作用・特徴・比較
- うつ、ストレスとめまいの関係について
- 精神病性うつ病に対する薬剤の有効性の比較 最新の報告
- 運動のうつ病に対する治療効果とメカニズムについて
- 頭が働かない
- 寝つきが悪い
- やる気が起きない
- 不安で落ち着かない
- 朝寝坊が多い
- 人の視線が気になる
- 職場に行くと体調が悪くなる
- 電車やバスに乗ると息苦しくなる
- うつ病
- 強迫性障害
- 頭痛
- 睡眠障害
- 社会不安障害
- PMDD(月経前不快気分障害)
- パニック障害
- 適応障害
- 過敏性腸症候群
- 心身症
- 心的外傷後ストレス障害
- 身体表現性障害
- 発達障害
- ADHD(注意欠如・多動症)
- 気象病・天気痛
- テクノストレス
- バーンアウト症候群
- ペットロス(症候群)
- 更年期障害
- 自律神経失調症