授乳中にアトモキセチンは服用できる?

出産後、授乳を続けながらADHD(注意欠如・多動症)の治療を受けたいと考える方もいます。

しかし、

  • 「薬が母乳に入って赤ちゃんに影響しないだろうか」
  • 「授乳するならADHDの薬を中止した方がよいのだろうか」

と心配になる方も少なくありません。

ADHD治療薬の一つであるアトモキセチン(ストラテラ)についても、これまで授乳中のヒトでの情報は十分ではありませんでした。

ところが2026年、授乳中の母親がアトモキセチンを服用したとき、実際に母乳中へどの程度薬剤が移行するのかを測定した研究が報告されました1)。

その結果、アトモキセチンの母乳への移行量は非常に少ないことが示されました。

アトモキセチンとは?

アトモキセチンはADHDの治療に使用される非刺激薬(nonstimulant)です。

主としてノルアドレナリンの再取り込みを阻害します。

その結果、前頭前野におけるノルアドレナリンとドパミンの濃度を高めます。

ADHDは子どもだけの疾患ではなく、成人になっても症状が続くことがあります。

特に出産後は、育児に伴って、

  • 時間管理
  • 予定管理
  • 忘れ物への対応
  • 複数の作業

などを同時に進めることなどが求められます。

そのため、授乳中だからといって薬物治療を一律に中止するのではなく、治療を継続するメリットと、乳児への薬剤曝露のリスクの両方を考えることが重要になります。

今回の論文でも、妊娠・産後にADHD症状や抑うつが悪化する可能性が指摘されています。

母乳中のアトモキセチンを実際に測定

今回の研究では、アトモキセチンを服用している授乳中の母親10人が対象となりました。

服用量は、

40~100 mg/日

でした。

研究者は服薬後の複数の時点で母乳を採取し、LC-MS/MSという高感度な分析方法を使って、母乳中のアトモキセチン濃度を測定しました。

そして投与量の違いを補正するため、薬物動態の結果を80 mg/日相当に換算して解析しました。

母乳への移行量は非常に少なかった

RIDとは、母親が体重当たりに服用した薬の量に対して、乳児が母乳を通じて体重当たりどの程度の薬を摂取することになるのかを%で示した指標です。

この研究では、向精神薬について比較的厳しいRID 5%を安全性評価の基準として採用しました。

結果は次のようになりました。

授乳中のアトモキセチンに関する研究結果

特に注目されるのが、

RID 0.19%

という結果です。

研究で設定された5%という基準を大幅に下回りました。

さらに、母乳中で観察された最も高い濃度を使って、乳児への曝露量を多めに見積もった場合でも、

RID 0.65%

でした。

つまり、通常の平均値だけでなく、worst-caseを想定した計算でも、母乳を介した乳児へのアトモキセチン曝露は非常に少ないと推定されました。

母乳中濃度は服用後約2時間でピーク

研究では、母乳中のアトモキセチン濃度が時間とともにどのように変化するかも調べています。

80 mg/日に補正した場合、

平均濃度(Cavg):12 ± 6.5 ng/mL
最大濃度(Cmax):39 ± 23 ng/mL
最高濃度到達時間(Tmax):約2時間

でした(図1)。

図1

母乳中のアトモキセチンの濃度の推移

したがって今回の研究は、1回だけ母乳を調べたものではなく、服薬後24時間にわたって複数回採取した母乳から薬物曝露量を推定している点にも特徴があります。

赤ちゃんへの影響は認められた?

今回調査された乳児の年齢は生後11日~23か月でした。

母親からの報告では、

アトモキセチンへの曝露が原因と疑われる乳児の有害事象や発達の遅れは報告されませんでした。

これは授乳中にアトモキセチンを必要とする方にとって、安心材料の一つになる結果です。

しかし、ここには重要な注意点があります。

「安全性が証明された」という意味ではありません

今回の研究は10組の母子を対象とした小規模な研究です。

そのため、

「アトモキセチンは授乳中に完全に安全であることが証明された」

とまでは言えません。

特に、まれに起こる副作用や長期的な神経発達への影響を、10人の乳児だけで評価することは困難です。

さらに今回の研究には、

  • 母親からの自己申告に依存していること
  • CYP2D6の遺伝子型を測定していないこと
  • 母体血中濃度を測定していないこと

などの限界があります。

したがって、この研究から最も確実に言えることは、

「アトモキセチンの母乳への移行量は非常に少なかった」

ということです。

乳児に対する長期的な安全性については、さらに多くの研究が必要です。

薬をやめるリスクについても考える

授乳中の薬について考えるときには、

「薬を飲むリスク」

だけに注目しがちです。

しかし実際には、

「必要な治療を中止するリスク」

についても考える必要があります。

今回の論文でも、母乳への薬剤移行を過度に心配することで、必要な薬物治療を中止したり、授乳を早期に終了したりする可能性が指摘されています。

つまり、

母乳を続けるか、治療を続けるか

という二者択一で考えるとは限りません。

母親のADHD症状の程度、薬物治療によるメリット、乳児の年齢や健康状態、授乳状況などを踏まえて、個別にリスクとベネフィットを検討することが大切です。

授乳中のアトモキセチンについて今回分かったこと

2026年の研究では、アトモキセチン40~100 mg/日を服用している授乳中の母親10人について母乳中濃度が測定されました。

その結果、

平均RID:0.19%
worst-case RID:0.65%

と、乳児への推定曝露量は非常に少ないことが分かりました。

また、今回調査された乳児では、アトモキセチン曝露によると疑われる有害事象は母親から報告されませんでした。

著者らは、この結果から、授乳中のADHD治療においてアトモキセチンは合理的な非刺激薬の選択肢になり得ると考察しています。

一方で、対象者は10人と少なく、乳児への長期的な安全性まで確認されたわけではありません。

そのため、

「授乳中だからアトモキセチンは必ず中止する」でも、「母乳への移行が少ないから誰でも問題なく服用できる」でもなく、母親にとって治療を継続するメリットと乳児へのリスクを個別に検討すること

が重要です。

授乳中にADHD治療薬を服用している方は、自己判断で薬を中止・減量するのではなく、主治医と相談しながら治療方針を決めることをおすすめします。

文献

1 ) Yamada E, et al.: Atomoxetine as a Viable ADHD Treatment in Breastfeeding Mothers: Evidence From Human Milk Pharmacokinetic Analysis. Journal of Clinical Psychopharmacology, 4: 16–22, 2026.

執筆者

院長 宮本 浩司(みやもと こうじ)

院長 宮本浩司

川崎市・溝の口の心療内科・精神科
高津心音メンタルクリニック
・ 精神保健指定医
・ 日本精神神経学会認定専門医・指導医