ADHDと遅延報酬障害について

なぜ「将来の大きな報酬」より「今すぐの小さな報酬」を選びやすいのか?

ADHD(注意欠如・多動症)というと、「集中できない」「忘れ物が多い」「落ち着きがない」といった症状がよく知られています。

しかし、ADHDでは注意や実行機能だけではなく、「報酬をどのように感じ、選択するか」にも特徴がみられることがあります。

たとえば、次の2つの選択肢があったとします。

A:今すぐ1,000円もらえる
B:1か月後に1,500円もらえる

ADHDでは平均的に、Bのような「将来の大きな報酬」よりも、Aのような「すぐに得られる小さな報酬」を選択しやすい傾向が報告されています。

この特徴を理解するうえで重要なのが、遅延割引(delay discounting)という考え方です。

遅延割引とは?

私たちは一般的に、同じ報酬であっても、受け取れる時期が遠くなるほど、その価値を低く感じます。

たとえば、

今日もらえる1万円

1年後にもらえる1万円

では、多くの人が「今日の1万円」の方に高い価値を感じます。

このように、

報酬を受け取るまでの時間が長くなるほど、その主観的価値が低下すること

遅延割引といいます。

これはADHDだけに起こる現象ではありません。

しかし、ADHDでは平均的に、この遅延割引がより強いことがメタ解析で示されています。

3,913人を調べたメタ解析

Jackson & MacKillopによる2016年のメタ解析では、ADHDと遅延割引について検討した21研究、25比較、合計3,913人が解析されました1)

その結果、ADHD群では対照群と比較して遅延割引が有意に強く、

Cohen’s d = 0.43

という中等度の群間差が認められました。

つまり研究全体として、

ADHDでは、将来の報酬の価値をより大きく割り引く傾向がある

ことが支持されています。

興味深いことに、このメタ解析では18歳未満と18歳以上で有意な差は認められませんでした。

したがって、この特徴は小児ADHDだけに限定されたものではない可能性があります。

子ども・青年でも同様の結果

Patrosらの2016年のメタ解析では、26研究・28課題、4,320人の小児・青年が解析されました2)

内訳は、

ADHD:2,360人
定型発達:1,960人

でした。

その結果、ADHDの小児・青年では、対照群より衝動的な報酬選択(choice impulsivity)が多く、効果量はHedges’ g = 0.47でした。

この研究でも、ADHDにおける「報酬を待つことの難しさ」が支持されています。

「すぐにもらえる小さな報酬」を本当に選びやすいのか?

これをさらに直接的に調べたのが、Marxらのメタ解析です。

37の群間比較、3,763人を対象として、

小さな即時報酬(small immediate reward)

大きな遅延報酬(larger delayed reward)

のどちらを選ぶかが検討されました。

その結果、ADHDの人では対照群と比較して、小さいけれどすぐにもらえる報酬を選択する頻度が高いことが確認されました。効果量は課題によって小~中等度でした3)

さらに興味深いことに、単純選択課題では仮想的な報酬ではなく実際の報酬を提示すると、ADHD群が即時報酬を選択するオッズ比がほぼ2倍になったと報告されています。

「遅延割引」と「遅延嫌悪」は同じではありません

ADHDを理解するときには、もう一つ遅延嫌悪(delay aversion)という概念があります。

両者は似ていますが、少し違います。

遅延割引(delay discounting)

「将来の報酬ほど価値を低く評価する」

のに対して、

遅延嫌悪(delay aversion)

「待つこと自体を避けようとする」

という考え方です。

Marxらのメタ解析でも、ADHDにおける通常より強い遅延嫌悪が、即時報酬を選択しやすい傾向に関係している可能性が論じられています。

したがって、

「将来のことを考えられない」

という単純な問題ではありません。

待つ時間そのものの不快さや、報酬までの時間によって生じる動機づけの変化も関係している可能性があります。

ADHDの遅延報酬障害は日常生活ではどう現れる?

たとえば、資格試験の勉強を考えてみましょう。

今、勉強する

→ 努力が必要
→ 疲れる
→ 合格という報酬は数か月後

一方、

スマートフォンを見る

→ すぐできる
→ すぐ楽しい
→ 即座に報酬が得られる という違いがあります。

そのため、頭では

「勉強した方が将来のためになる」

と理解していても、目の前の即時報酬に行動が引きつけられることがあります。

これは、

  • SNS
  • 動画
  • ゲーム
  • ネットショッピング
  • 興味のある別の作業

などでも起こり得ます。

ADHDと遅延報酬障害

ADHDの遅延報酬障害には脳のどこが関係している?

このような特徴には、脳の一つの部位だけではなく、報酬の価値を評価するネットワークと、目標に沿って行動を調整するネットワークの相互作用が関係していると考えられています。

① 腹側線条体―報酬を予測し、行動への動機づけを行う

特に重要な領域の一つが、腹側線条体(ventral striatum)です。

腹側線条体には側坐核などが含まれ、ドーパミン神経系と密接に関連し、

「これから良いことが起こりそう」
「これをすれば報酬が得られる」

といった報酬の予測や動機づけに重要な役割を果たしています。

ADHDのfMRI研究を統合したPlichta & Scheresのメタ解析では、ADHDの人では対照群と比較して、報酬を予期しているときの腹側線条体の反応が低いことが示されています4)

このことから、ADHDでは単に「我慢ができない」というよりも、報酬を予測し、それを行動への動機づけにつなげる脳内処理そのものに違いがある可能性が考えられています。

② vmPFCなど―「その報酬にどれくらい価値があるか」を評価する

報酬の価値を判断するときには、腹側線条体だけでなく、腹内側前頭前野(ventromedial prefrontal cortex:vmPFC)なども重要です。

たとえば、

今すぐ1,000円もらう
1か月後に1,500円もらう

という選択を考えてみましょう。

単純に金額だけを比べれば、1,500円の方が大きな報酬です。

しかし実際の脳は、

報酬の大きさ
+ 待つ時間
+ 得られる確実性
+ その人にとっての価値

などを考慮して、報酬の「主観的価値(subjective value)」を評価します。

遅延割引に関する神経画像研究では、腹側線条体、vmPFC、後帯状皮質(PCC)などからなるネットワークが、この主観的価値の処理に関係することが示されています。

③ 前頭前野・前帯状皮質―目標に沿って行動を調整する

一方、「今すぐ楽しいことをしたい」という気持ちがあっても、

「明日の試験のために、今は勉強しよう」

と行動を調整するためには、認知制御(cognitive control)が必要になります。

これには、前頭前野、前帯状皮質(ACC)、島皮質などを含むネットワークが関与します。

前頭前野は目標やルールを保持しながら行動を調整し、前帯状皮質は選択肢の葛藤や行動のモニタリングなどに関与します。

ADHDと遅延報酬と脳

ADHDの遅延報酬障害は「先延ばし」ともつながる

締め切りが1か月後であれば、

仕事を完成させるという報酬 → 遠い

状態です。

ところが締め切りが明日になると、

仕事を完成させる → すぐ安心できる

という即時性の高い報酬に変わります。

さらに「間に合わない」という不利益も目前に迫ります。

その結果、

締め切り直前になって突然集中できる

という現象が起こることがあります。

もちろん、ADHDの先延ばしを遅延割引だけで説明することはできません。時間処理、実行機能、注意、動機づけなど複数の要因が関係すると考える方が適切です。

ADHDと遅延報酬障害の対策は「遠い報酬を近づける」

この考え方を日常生活に応用すると、「将来のために頑張る」だけではなく、行動の直後に小さな報酬を作るという方法が考えられます。

たとえば、

「レポートを全部完成させたら休憩」

ではなく、

10分作業する

1項目終了

チェックをつける

短い休憩

次の10分

という形です。

大きな目標を細かく分割し、進捗を見えるようにすることで、遠い将来にしかなかった達成感を現在に近づけることができます。

遅延報酬障害の対策

「遅延報酬障害」という診断があるわけではありません

「遅延報酬障害」という言葉はADHDを説明するときに分かりやすい表現ですが、DSM-5-TRやICD-11に「遅延報酬障害」という独立した診断項目があるわけではありません。

また、すべてのADHDの人が即時報酬を選択するわけでもありません。

そのため医学的には、

「ADHDでは遅延割引が強く、即時報酬を選択しやすい傾向が報告されている」

と表現する方が正確です。

まとめ

ADHDでは、不注意や多動性・衝動性だけでなく、報酬を待つことや将来の報酬を評価する過程にも特徴がみられることがあります。

メタ解析では、

Jackson & MacKillop:3,913人 → d = 0.43

Patrosら:4,320人 → g = 0.47

と、いずれもADHDにおける即時報酬を優先しやすい傾向を支持しています。

また、画像研究では、腹側線条体や腹内側前頭前野などによる報酬の価値評価と、前頭前野・前帯状皮質などによる認知制御を含む複数の脳ネットワークが関係していると考えられています。

つまりADHDの行動を、

  • 「我慢が足りない」
  • 「意志が弱い」
  • 「将来を考えていない」

と単純に捉えるのではなく、

「将来の報酬よりも、目の前の報酬によって行動が強く動機づけられやすい」

という報酬処理の特徴から理解することも重要です。

文献

・1)Jackson JN, MacKillop J.: Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Monetary Delay Discounting: A Meta-Analysis of Case-Control Studies. Biol Psychiatry Cogn Neurosci Neuroimaging, 1: 316-325, 2016.

・2)Patros CH, et al.: Choice-impulsivity in children and adolescents with attention-deficit/hyperactivity disorder (ADHD): A meta-analytic review. Clin Psychol Rev, 43:162-74, 2016.

・3)Marx I, et al.: ADHD and the Choice of Small Immediate Over Larger Delayed Rewards: A Comparative Meta-Analysis of Performance on Simple Choice-Delay and Temporal Discounting Paradigms. J Atten Disord, 25: 171-187, 2021.

・4)Plichta MM, Scheres A.: Ventral-striatal responsiveness during reward anticipation in ADHD and its relation to trait impulsivity in the healthy population: a meta-analytic review of the fMRI literature. Neurosci Biobehav Rev, 38:125-34, 2014.

執筆者

院長 宮本 浩司(みやもと こうじ)

院長 宮本浩司

川崎市・溝の口の心療内科・精神科
高津心音メンタルクリニック
・ 精神保健指定医
・ 日本精神神経学会認定専門医・指導医