初診はお電話でのご予約のみ
044-455-7500「ADHDと鉄分には関係があるのでしょうか?」
ADHD(注意欠如・多動症)は、不注意、多動性、衝動性などを特徴とする神経発達症です。
その背景には遺伝的要因をはじめ、さまざまな神経生物学的・環境的要因が関係していると考えられています。
近年、その中で注目されているものの一つが鉄(iron)です。
鉄というと「貧血に関係する栄養素」というイメージが強いかもしれません。しかし鉄は脳でも重要な役割を担っており、ADHDとの関連が指摘されているドパミンの働きにも関係しています。
2026年10月、ADHDの子どもと健常な子どもの血清フェリチン値を比較した大規模なシステマティックレビュー・メタ解析が発表されました1)。
フェリチン(ferritin)は、体内に鉄を貯蔵する役割を持つタンパク質です。
血液検査で測定する血清フェリチンは、体内にどの程度鉄が蓄えられているかを評価する指標として広く使用されています。
つまり、
と考えると分かりやすいでしょう。
鉄欠乏が進行すると、貧血になる前の段階からフェリチンが低下することがあります。
そのため、ヘモグロビンが正常だからといって、必ずしも十分な貯蔵鉄があるとは限りません。
一方、フェリチンは炎症や食事などの影響も受けます。
また、血清フェリチンがそのまま脳内の鉄量を表しているわけではないことにも注意が必要です。
論文でも、血清フェリチンが脳内の鉄貯蔵をどの程度反映するかについては議論があるとされています。
その理由の一つがドパミンです。
ドパミンは、注意、意欲、報酬、行動の調節などに関係する神経伝達物質であり、ADHDの神経生物学を考えるうえでも重要な物質です。
そして鉄は、ドパミンを作る過程で重要な役割を果たします。
概略すると、
チロシン
↓
チロシン水酸化酵素+鉄
↓
L-DOPA
↓
ドパミン
という経路です。
鉄は、チロシンからL-DOPAを作るチロシン水酸化酵素(tyrosine hydroxylase)の補因子として働きます。つまり、鉄はドパミン合成に関係する重要な微量元素なのです。
このような背景から、
という関連が存在する可能性が研究されてきました。
ただし、この経路があるからといって「鉄不足がADHDの原因である」と証明されたわけではありません。
今回の研究では、PubMed/MEDLINE、Scopus、ScienceDirect、Google Scholarなどを検索し、2026年6月10日までに発表された研究を検討しています。
最終的に解析されたのは、
| 対象 | 人数 |
| ADHDの子ども | 4,058人 |
| 健常対照 | 4,533人 |
| 合計 | 8,591人 |
| 研究数 | 21研究 |
でした。
比較的大規模なデータをまとめた研究といえます。
最も重要な結果がこちらです。
つまり、21研究を統合すると、ADHDの子どもでは健常対照群より血清フェリチン値が平均約9.7 ng/mL低かったことになります。

95%信頼区間が0をまたいでいないため、統計学的にも有意な差でした。
この結果から、
ADHDの子どもでは、ADHDのない子どもと比較して、体内の貯蔵鉄(フェリチン)が少ない傾向がある可能性
が示唆されます。
一方で、この結果を解釈するときに非常に重要な点があります。
研究間の異質性を表すI²は、
I²=99.16%
でした。
これは非常に高い値です。
つまり、「多くの研究でまったく同じ程度にフェリチンが低かった」という結果ではありません。
実際、サブグループ解析ではかなり大きな違いがみられました。
| 分類 | フェリチンの平均差 |
| アフリカ | −19.28 ng/mL |
| 北米 | −1.42 ng/mL |
| 2015年以前の研究 | −1.94 ng/mL |
| 2016年以降の研究 | −19.43 ng/mL |
| 199人未満の研究 | −12.12 ng/mL |
| 200人以上の研究 | −7.64 ng/mL |
さらに、ADHDの診断方法によっても結果は異なっていました。
DSM-IV-TRを使用した研究では平均差が−16.56 ng/mLだった一方、clinical interviewでは−1.95 ng/mLでした。
食生活、鉄強化食品の普及、年齢、地域、対象者の選び方、ADHDの診断方法、フェリチンの測定方法など、さまざまな要因が結果に影響している可能性があります。
そのため、
「ADHDの子どもは必ずフェリチンが10 ng/mL程度低い」
と考えることはできません。
さらに興味深いのは、ADHDの血液中のフェリチンだけではなく、脳内の鉄を調べた研究もあることです。
論文では、MRIを用いた研究において、ADHDの子どもで視床などの脳内鉄が低かったとする研究が紹介されています。
また、薬物治療を受けていないADHD患者では、線条体や視床の推定脳内鉄が低かったという研究も取り上げられています。
線条体や基底核は、ドパミン神経系や行動調節とも深く関係する領域です。
ただし、これについても研究はまだ限定的で、
ADHD児の血清フェリチンが低い=脳内鉄が低い
と単純に判断することはできません。
ここは今回の研究を理解するうえで、最も重要なポイントです。
今回示されたのは「関連(association)」です。
つまり、
ADHDの子どもではフェリチン(貯蔵鉄)が低い傾向がある
ことは示されましたが、
鉄不足によってADHDが発症する
ことが証明されたわけではありません。
たとえば、いくつかの可能性が考えられます。
今回の研究だけでは、これらを区別することはできません。
著者らも、因果関係を明らかにするためには今後縦断研究が必要であるとしています。
したがって、
「鉄不足がADHDの原因である」
あるいは
「フェリチンを上げればADHDが治る」
と解釈することは適切ではありません。
では、鉄を補充することでADHD症状は改善するのでしょうか。
今回の論文では、過去の研究として、鉄を補充したADHD児で血清フェリチンが上昇し、ADHD症状評価尺度の改善がみられた研究や、12週間のランダム化比較試験で鉄補充群のADHD評価尺度が改善した研究が紹介されています。
著者らは今回の結果から、ADHD児におけるフェリチンのスクリーニングや鉄補充を検討することを比較的積極的に提案しています。
ただし、今回のメタ解析そのものは、
「鉄補充療法がADHDに有効か」
を調べた治療研究ではありません。
あくまで中心となる解析は、
ADHD児と健常児のフェリチン値の比較
です。
したがって、今回の結果だけからADHDの子ども全員に鉄剤を投与すべきだとは結論できません。
また、鉄は「多ければ多いほどよい」という栄養素でもありません。
ADHD児の鉄補充が必要かどうかについては、フェリチンだけではなく、貧血の有無やその他の鉄代謝指標、食生活、身体疾患などを含めて医療機関で判断することが重要です。
今回の研究にはいくつか重要な限界があります。
特に注意したいのが、先ほど述べたI²=99.16%という非常に大きな異質性です。
さらに、英語以外の論文が除外されていること、個々の研究には比較的小規模なものが含まれていることなども著者らは限界として挙げています。
一方、出版バイアスについてはEgger検定でp=0.2987であり、統計学的に明確な出版バイアスは検出されませんでした。
今後は、より大規模で測定方法を統一した研究や、時間経過を追跡する縦断研究、さらに鉄補充の有効性を検証する質の高い介入研究が必要でしょう。
2026年に発表された21研究・8,591人を対象としたメタ解析では、ADHDの子どもの血清フェリチン値は、健常な子どもより平均9.74 ng/mL低いことが示されました。
鉄はドパミン合成など脳機能に重要な役割を持っているため、ADHDと鉄代謝の関係は非常に興味深い研究テーマです。
一方で、研究間の異質性は非常に大きく、今回の研究だけでは「鉄不足がADHDを引き起こす」という因果関係は証明できません。
また、
「ADHDだから鉄剤を飲む」
「フェリチンを上げればADHDが改善する」
という単純な結論でもありません。
今回の研究からは、
ADHDの子どもでは鉄貯蔵量(フェリチン)が少ない傾向がある可能性があり、鉄代謝とADHDの関係について今後さらに検討する価値がある
と捉えるのが適切でしょう。
1)Gedfie S, et al.: Serum ferritin in children with Attention Deficit Hyperactivity Disorder (ADHD): A systematic review and meta-analysis. PLoS One, 21: e0359790, 2026.
