未熟型うつ病とは?

うつ病というと、真面目で責任感が強く、仕事や家庭で無理を重ねた結果、気分が落ち込み、

何事にも意欲がわかなくなる病気をイメージする方が多いかもしれません。

しかし、抑うつ状態の現れ方は人によって異なります。

気分の落ち込みだけでなく、強い不安や焦り、怒りっぽさなどが目立つ場合や、

周囲との対人関係が不安定になる場合もあります。

日本の精神医学では、このような従来のうつ病像とは異なる抑うつ状態を理解するために、

「未熟型うつ病」という概念が提唱されてきました。

今回は、未熟型うつ病の特徴や、従来のうつ病との違い、双極性障害との関連、治療について解説します。

未熟型うつ病とは?

未熟型うつ病(Immature type of depression)は、1995年に精神科医の阿部隆明らによって提唱された、

日本独自の臨床精神病理学的な概念です1)。

従来のメランコリー親和型うつ病とは異なり、依存と自立をめぐる葛藤、自己評価の不安定さ、

対人関係の問題などが抑うつ状態の形成に関係するという考え方です。

また、抑うつ症状だけでなく、不安、焦燥感、怒り、活動性の変動などがみられる場合があり、

双極性障害との関連についても議論されてきました2)。

ただし、未熟型うつ病はDSM-5-TRやICD-11における正式な診断名ではありません。

独立した疾患としての診断基準や標準治療が確立されているわけではなく、

現在の精神科診療では、うつ病や双極性障害などの正式な診断と区別して考える必要があります。

なお、「未熟型」という名称は、当時の精神病理学における分類上の表現であり、

患者さんの人格や人間性を否定するものではありません。

未熟型うつ病の主な特徴

① 依存と自立をめぐる葛藤

未熟型うつ病の精神病理として、他者に依存したい気持ちと、自立しなければならないという要求との

葛藤が重視されてきました。

例えば、就職や昇進、結婚などによって新しい責任や役割を求められた際に、

心理的な負担が大きくなる場合があります。

周囲からの支援を求める一方で、自分の思いどおりにならない状況に不満を抱くなど、

対人関係に葛藤が生じることもあると考えられています。

② 自己評価が不安定になりやすい

自分の能力や将来に対して高い期待を抱いていても、失敗や挫折を経験すると、

自己評価が大きく揺らぐ場合があります。

例えば、職場で思うような評価が得られなかったり、人間関係で期待が裏切られたりした際に、

強い落胆や怒りを感じることがあります。

このような自己評価の不安定さが、抑うつ状態の形成に関係する可能性が指摘されています。

ただし、自己評価の不安定さは、さまざまな精神疾患や心理的問題でもみられるものであり、

未熟型うつ病に特有の症状ではありません。

③ 抑うつだけでなく、不安や焦燥感、怒りが目立つ

従来のメランコリー親和型うつ病では、強い自責感や罪責感、精神運動制止などが重視されてきました。

一方、未熟型うつ病では、気分の落ち込みに加えて、不安や焦燥感、怒り、周囲への不満などが

目立つ場合があるとされています。

そのため、典型的なうつ病とは異なる印象を与えることがあります。

しかし、こうした症状があるからといって、うつ病ではないと判断することはできません。

④ 気分や活動性が変動する場合がある

未熟型うつ病では、抑うつ症状が持続するだけでなく、気分や活動性が不安定になる場合があると

指摘されています。

例えば、気分が落ち込んで活動できない時期がある一方で、比較的活動的になったり、

怒りっぽさが強まったりすることがあります。

こうした変動がみられる場合には、双極性障害の可能性についても慎重に検討する必要があります。

メランコリー親和型うつ病と未熟型うつ病の違い

メランコリー親和型うつ病は、真面目で几帳面、責任感が強く、社会的な役割や秩序を重視する

性格傾向と関連づけて説明されてきました。

一方、未熟型うつ病では、依存と自立の葛藤や、自己評価の不安定さ、感情の調整の難しさなどが

重視されています。

メランコリー親和型と未熟型うつ病の違い

ただし、これらは精神病理学的な類型の比較であり、すべての患者さんに当てはまるわけではありません。

また、いずれも現代の正式な診断分類における独立した診断カテゴリーではありません。

逃避型抑うつ・ディスチミア親和型うつ病と未熟型うつ病の違い

日本では、メランコリー親和型うつ病とは異なる抑うつ状態を理解するために、

逃避型抑うつやディスチミア親和型うつ病などの概念も提唱されてきました。

逃避型抑うつは、1977年に広瀬徹也によって提唱された概念です3)。

発症前には社会適応が比較的良好だった人が、職場での評価や責任に直面すると、

強い倦怠感や出社への不安、回避行動などを呈することに注目しています。

ディスチミア親和型うつ病は、2005年に樽味伸らによって提唱された概念です4)。

社会的役割や規範への同一化の弱さ、自己評価への敏感さ、不全感、倦怠感、回避傾向などが

特徴として論じられています。

これに対して、未熟型うつ病では、依存と自立の葛藤、自己評価の不安定さ、不安・焦燥・怒りなどの

感情面の特徴に加え、双極スペクトラムとの関連が重視されています。

これらの概念には共通する部分もありますが、同一の病態を示すものではありません。

未熟型うつ病と双極性障害の関係

未熟型うつ病を理解するうえで重要なのが、双極性障害との関連です。

双極性障害は、抑うつ状態に加えて、躁状態または軽躁状態が現れる精神疾患です。

軽躁状態では、普段より活動性が高まり、睡眠時間が短くても元気に過ごせたり、

話す量が増えたり、気分が高揚したりすることがあります。

また、躁状態や軽躁状態では、気分の高揚だけでなく、怒りっぽさや易刺激性が目立つ場合もあります。

未熟型うつ病として論じられてきた症例の中には、こうした躁的な特徴や、抑うつ症状と躁的症状が

混在する状態を示す場合があると指摘されています。

そのため、抑うつ状態の診察では、現在の症状だけでなく、過去に軽躁状態や躁状態がなかったかを

確認することが重要です。

ただし、未熟型うつ病が必ず双極性障害に移行するという意味ではありません。

また、気分が変動することや怒りっぽさがあることだけで、双極性障害と診断できるわけではありません。

未熟型うつ病の治療

未熟型うつ病に特化した、科学的に確立された標準治療はありません。

そのため、実際の診療では、うつ病や双極性障害などの診断を適切に行い、症状の重症度や心理的背景、

生活環境などを総合的に評価して治療方針を検討します。

① 薬物療法

うつ病と診断され、薬物療法が必要と判断された場合には、抗うつ薬などが検討されます。

一方、双極性障害が疑われる場合には、抗うつ薬の使用について慎重な判断が必要になります。

特に、軽躁症状や混合性の特徴が認められる場合には、診断に応じた治療を検討することが重要です。

② 精神療法

精神療法では、自己評価のあり方、対人関係の葛藤、ストレスへの対処方法などについて

整理することが考えられます。

認知行動療法では、失敗や批判をどのように受け止めているか、自分自身をどのように

評価しているかなどを検討し、より柔軟な考え方や対処方法を身につけることを目指します。

また、対人関係における負担や、他者への期待と現実とのずれについて理解を深めることも

役立つ場合があります。

ただし、未熟型うつ病に対して特定の精神療法が優れていることを示す十分な科学的根拠はありません。

③ 生活環境の調整

職場や家庭での負担が抑うつ症状に関係している場合には、生活環境の調整が重要になることがあります。

必要な休養を確保するとともに、睡眠・覚醒リズムを整え、本人の状態に合わせて活動や

社会的役割を回復させていくことが考えられます。

また、周囲の人が患者さんの行動を一方的に批判するのではなく、症状の背景にある心理的な負担や

対人関係の問題を理解することも大切です。

「未熟型」という名称について

「未熟型うつ病」という言葉は、患者さんの人格が未熟であることを医学的に証明するものではありません。

この名称は、従来のメランコリー親和型うつ病とは異なる抑うつ状態を、当時の精神病理学的な枠組みから

理解しようとしたものです。

現在では、抑うつ状態の背景にある要因を、性格だけで説明することは適切ではありません。

精神疾患の発症には、遺伝的要因、神経生物学的要因、心理的要因、生活環境、対人関係など、

さまざまな要因が関与すると考えられています。

したがって、「未熟型」という名称だけで患者さんの性格や行動を決めつけることは避ける必要があります。

重要なのは、個々の患者さんがどのような症状に苦しみ、どのような背景で抑うつ状態が生じているのかを

丁寧に評価することです。

まとめ

未熟型うつ病は、1995年に阿部隆明らによって提唱された、日本独自の臨床精神病理学的な概念です。

従来のメランコリー親和型うつ病とは異なり、依存と自立をめぐる葛藤、自己評価の不安定さ、

対人関係の問題などが抑うつ状態に関係するという考え方です。

また、抑うつ症状だけでなく、不安や焦燥感、怒り、気分や活動性の変動などがみられる場合があり、

双極性障害との関連も議論されてきました。

ただし、未熟型うつ病は正式な診断名ではなく、独立した疾患として確立されているわけではありません。

実際の診療では、うつ病や双極性障害などを適切に鑑別し、薬物療法、精神療法、生活環境の調整などを

組み合わせて治療を検討することが重要です。

抑うつ状態の現れ方は一人ひとり異なります。

従来のうつ病像に当てはまらない場合でも、症状や生活上の困難を丁寧に理解し、

適切な治療につなげることが大切です。

文献

・1)阿部 隆明, 他.: 「未熟型うつ病」の臨床精神病理学的検討―構造力動論からみたうつ病の病前性格と臨床像.臨床精神病理, 16: 239–248, 1995.

・2)阿部 隆明.: 『未熟型うつ病と双極スペクトラム―気分障害の包括的理解に向けて』.金剛出版,2011.

・3)広瀬 徹也.: 逃避型抑うつについて.『躁うつ病の精神病理2』.弘文堂,1977.

・4)樽味 伸, 神庭 重信.: うつ病の社会文化的試論―特に「ディスチミア親和型うつ病」について.日本社会精神医学会雑誌, 13: 129–136, 2005.

関連コラム

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執筆者

院長 宮本 浩司(みやもと こうじ)

院長 宮本浩司

川崎市・溝の口の心療内科・精神科
高津心音メンタルクリニック
・ 精神保健指定医
・ 日本精神神経学会認定専門医・指導医